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病気・医療

脳を鍛えて、健康に年を取る!「脳トレ」とスマート・エイジングの可能性を川島教授、大いに語る【MYCODEセミナーレポート】

2019年08月22日 09時00分

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年を取っても「脳を鍛える」ことはできる?(写真:Shutterstock.com)

 最先端の遺伝子研究や最新の健康トピックに関して、第一線で活躍する講師陣をお招きして開催するMYCODEセミナー。2019年7月末は、ゲームソフトとして大ヒットを記録し、社会現象にもなった「脳を鍛える大人のDSトレーニング(通称:脳トレ)」の監修者として有名な川島隆太教授による「スマート・エイジング」の意義と脳トレの効果についての講義を開催しました。

講師:川島 隆太 先生
(株)NeU 取締役CTO、医学博士。
専門は融合脳計測科学。東北大学加齢医学研究所 所長。人間の脳機能の発達研究、および機能開発に関する産学共同研究、国際プロジェクト等の実績多数。スマート・エイジングの推進を通し、日本の社会課題の解決を目指す。
「脳を鍛える大人の計算ドリル」(くもん出版、2003年)、「認知症の脳もよみがえる 頭の体操」(アチーブメント出版、2018年)他、執筆・監修多数。

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講義される川島先生

1. 川島教授が目指す「スマート・エイジング」とは?

 今や世界最速で超高齢社会に突入しようとしている日本。2000年代の頭をピークに出生率の低下に伴う人口減が進行し、高齢者比率は右肩上がりです(図1)。高齢化は日本だけの問題ではなく、世界の高齢者人口を見ても増加傾向は明らかで、日本に続き中国・ヨーロッパなどでも超高齢社会への備えは必至となっています。

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図1. 日本の高齢者人口の変遷

 社会の高齢化の進行と共に、「アンチ・エイジング」というキーワードが流行し、様々な抗・高齢化商品が開発されている昨今の日本ですが、その背景には加齢=悪というイメージが一般化していることがあると考えられます。しかし、年を取ることは本当に悪いことなのでしょうか?

 人口の4割が65歳以上という社会が遠からず訪れる日本において、ただ加齢を憎み、抵抗するのではなく、加齢=成長としてとらえられるような社会を作れないか・・・そう考えた川島先生をはじめとする東北大学・加齢医学研究所が打ち出したのが「スマート・エイジング」というテーマです。

 「スマート・エイジング」とは、加齢と共に衰えるヒトの能力を意識的な取り組みによって維持・向上させ、高齢者が年を取ってなお成長し、社会の活力となることを目指す、という壮大なテーマであり、川島先生もこのテーマについて発信する度に「冷汗が出る」そう。しかし、認知症に関するデータを併せ見れば、スマート・エイジングの実現による社会的・経済的な効果は非常に大きいことが分かります。

 高齢化の進行によって認知症患者数は年々増えていますが、単に高齢者人口に比例しているだけでなく、発症率自体も徐々に上がっている、というのが現状です(図2)。この認知症患者のケアにかかるコストは、1年間に14.4兆円にも上ることが厚生労働省の調査で分かっています(※)。認知症を攻略することは、スマート・エイジングの大きなテーマです。

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図2. 認知症の患者数・発症率予測

 なお、より健康に年を取ることに大きく寄与する4つの要因は

1 脳を使う習慣
2 定期的な運動・体を動かす習慣
3 栄養バランスの良い食事
4 人と積極的に関わる習慣

であり、その効果は医学的にも証明されているのだそう。また、最近ではこれに加えて「良質な睡眠」の重要性にも注目が集まっているそうです。

 しかし、川島先生のご専門である脳機能研究から得られた結論の一つは、人間は自分の脳が「どう働いているか」を知覚できない、という事実でした。つまり、上記の要因のうち2~4番については自分でコントロールし、習慣づけることが可能ですが、1番について、人は「どういう時に脳がよく働いているのか」を、自分では把握できないのです。それでは、どうやって効果的に「脳を使え」ばいいのでしょうか?

2. 脳の機能(認知機能)の加齢変化は防げるか?

 川島先生をはじめとする脳機能の研究グループが認知症対策として検討したのは、加齢による脳の機能変化を緩やかにする方法を探すことでした。人間の脳は非常に複雑な器官で、未だに脳の働きを完全に再現したコンピューターは存在しません。そのため、脳全体にアプローチして対策するのではなく、機能を絞って改善できないかを考えることにしたのです。

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図3. 前頭前野の機能

 認知機能、つまり思考・記憶・判断などの能力は、脳の前頭前野という部位が司っています(図3)が、この部位は20歳が機能のピークで、それ以降はどんどん衰えていくことが分かっています(図4)。しかし、年齢を重ねると共に「知恵や知識を蓄積する」機能を持つ背外側前頭前野という部位が認知機能を一部補うため、実際に人が記憶力や判断力の衰えを自覚し始めるのは中年期以降、というギャップが生まれます。

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図4. 前頭前野の加齢変化

 ということは、前頭前野の加齢による機能低下を防ぐことができれば、より健康な脳の状態を保ったまま、年を取ることが可能になるのではないか?そのような仮説に基づき、川島先生が注目したのは前頭前野の「情報処理能力」と「作動記憶容量」です。これはコンピューターに例えれば「計算速度」と「メモリ」に相当し、性能を大きく左右します。

 ここで面白いのは、脳をMRIなどでモニタリングしてその働きを確認してみると、ヒトの脳においては、複雑な思考を必要とするような仕事よりもシンプルな計算や音読などの単純作業を行っている時の方が、前頭前野の活動が活発になるという観察結果が得られたことです。この事実に基づいて考案されたのがいわゆる「脳トレ」です。

 「脳トレ」というと単純な学習用ドリルのイメージが強いですが、単に簡単な計算や音読を繰り返し行うのではなく、それらの行動を「より速く」できるように日々訓練しないと脳の機能改善には意味がないのだそう。簡単な計算などを日々、速くできるように訓練すると、実年齢に関わらず作業自体は確実に速くなるそうです。そしてそのトレーニングの結果、思考・判断・記憶力といった認知機能が改善されるということが川島先生の研究において医学的なエビデンス(証拠)としては十分な症例数で証明されました(図5)。

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図5. 認知トレーニングの効果(情報処理速度)

 また、脳機能が改善されていく過程の研究の中で、前頭前野の機能だけでなく、脳の他の部位の機能も連動して改善されることも分かっています。なお、「情報処理能力」だけでなくもう1つの「作動記憶容量」も、特定の計算方法による計算を繰り返すことなどで強化され、これにより注意力や新しいことを学ぶ力・論理的思考力などの認知機能が改善することが分かっているそうです(図6)。

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図6. 認知トレーニングの効果(作動記憶容量)

3. 「脳を鍛える」とはどういうことか?

 セミナーでは、参加者も実際に「情報処理速度」や「作動記憶容量」の状態を判定するトレーニングを体験し、その結果に笑いや悲鳴が漏れる場面も。川島先生ご自身の脳の画像やトレーニング結果についてもお話しいただき、脳トレの実践の結果、還暦を迎えてなんと20代に相当する認知機能を維持されているということで、会場からは驚きの声が上がりました。

 このように、脳トレによって脳機能が改善されたというとき、脳はどのような状態になっているのでしょうか?実際のトレーニング前後の脳の観察や、ラットの脳をMRIで解析した結果、脳が物理的に大きくなったり、細胞が増えたりするわけではなく、脳の神経繊維が長くなり、脳の回路がより複雑になっていることが分かりました(図7)。これにより、いわば脳の「しわ」が深くなり、脳(正確には大脳皮質)の体積が増えた、ということが言えるそうです。

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図7. 大脳皮質の神経細胞の変化(ラットによる測定)

 川島先生からは実際の症例として、認知症患者が学習療法などに取り組み、寝たきりの状態から自立して会話ができるまでになったドキュメンタリー映像などもご紹介いただきました。また、スポーツチームが「作動記憶容量」のトレーニングを継続することでパフォーマンスが格段に上がった事例もあるとのこと。脳トレの効果検証は日本だけでなく海外でも行われており、言語や生活習慣の壁を超えて効果があることが証明されているそうです。

 医学的にはその効果が証明されるに十分な成果を上げている「脳トレ」に関する研究ですが、実は脳トレが「効かない」人も一定の割合で存在します(図8)。なぜ効かないのかについても研究を進めたところ、脳トレによって特定の部位をうまく使えている人とそうでない人で効果に差があることが分かりました。ここで、冒頭の「人はどういう時に脳がよく働いているのかを、自分では把握できない」という事実が問題になってくるのです。

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図8. 脳トレの効果には個人差がある

 現在、生きている脳の解析を行うためにはMRIを使う必要がありますが、当然ながらMRIを受けるためには場所・時間・費用が必要で、誰もがいつでも使用できるというわけにはいきません。しかし、「スマート・エイジング」を社会に浸透させ、脳トレの恩恵を誰もが受けられるようにするには、脳の働きを手軽に測定できるようにする必要があります。そこで、川島先生が主導する産学連携プロジェクトで、誰でもいつでも手軽に自分の脳の働きを可視化できる小型(フリスクサイズ!)の測定機器が開発されました。

 セミナーではこの測定機器を使った脳トレプログラムを実際にご体験いただく時間も設けられ、参加者の方は熱心にプログラムに取り組まれていました。

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測定機器を使った脳トレ体験の様子

4. 「脳トレ」のこれから

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満席のセミナー会場

 川島先生からは、この小型測定器を使って自分の脳活動をモニタリングしながら日常生活や脳トレを行い、脳活動をコントロールするトレーニング(ニューロ・フィードバック)の効果についてのご紹介や、ご自身が代表を務める株式会社NeUの設立経緯などをお話しいただきました。

 すでに、受験生に小型測定器を使ってもらい、より自分にあった勉強の習慣を自分で探していく、などの取り組みが行われているのだそう。自分の脳活動を実際に目で見て確認しながら、より効果的なトレーニング方法を探し、脳をコントロールしていく・・・これが実現すると、認知機能の維持・向上につながるだけでなく、瞑想に近い効果が得られ、日常的なストレスが軽減されるというレポートもあるそうです。

 講演の最後には、若年世代のスマホの利用時間と学習効果に関する最新の考察なども披露され、充実した時間となった今回のセミナー。質疑応答ではセミナー内容を踏まえ、脳トレの効果が出るまでの期間や年齢的な限界に関する質問などが上がり、MYCODE会員の熱量の高さ、知識量に、同席したNeUのスタッフも驚かれていました。

 本稿では、川島先生の当日の講義内容を概略でご紹介しておりますが、詳細にご興味のある方は、ぜひ、株式会社NeUのホームページなどをご覧ください。

 MYCODEセミナーは、今後も毎月開催予定です。会員の皆様にはメールで開催予定をお知らせしておりますが、セミナー予定ページもぜひご活用ください。

参考文献
厚生労働省, 厚生労働科学研究成果データベース, 平成26年度 「わが国における認知症の経済的影響に関する研究」