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「山の民」チベット人、高地での生活を可能にした遺伝子の秘密とは?
高地に独自の文化を作り上げたチベット人の秘密とは?(写真 Luca Galuzzi/クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 2.5 一般)
4,000m級の山々に暮らすチベット人
標高4,000mを越すチベット高原で生活しているチベット人は大気中の酸素濃度が平地の約6割という過酷な環境に暮らしています。彼・彼女らはどのようにして、そのような過酷な環境に適応しているのでしょうか。アメリカの研究グループらは、チベット人の高地適応に、ある遺伝子が関わっていたとし、科学誌ScienceとNatureに発表しました。
チベット人はなぜ高山病にならない?
平地に住む人が高地に行くといわゆる高山病になる危険性があります。皆さんも、富士山に登りに行き、高山病になったという人の話を聞いたことがあるのではないでしょうか?
高地では大気中の酸素濃度がうすく、そのような環境では血液中の赤血球やヘモグロビンの数が多くなり、いわゆる“ドロドロ血液”になり、血管が詰まりやすくなってしまうのです。
ヒマラヤ山脈北の高原に住むチベット人や南アメリカ大陸のアンデス高地で暮らしている人々など、日常的に高地で生活する人々は、なぜ高山病にならず、健康に過ごすことができるのでしょうか?
特別な遺伝子が高地環境への適応を可能にした
高地適応に対するチベット人は、どうやら血中のヘモグロビンを作りすぎて血液がドロドロになってしまわないよう、血中ヘモグロビンの生成を抑えているらしいという事はわかっていました。しかしその体質を持つために、遺伝子がどのような役割を果たしているのかは、これまでわかっていませんでした。
2010年のScience誌で報告された研究で、研究グループはまずチベット人の高地適応に関わった遺伝子を全遺伝子領域にわたり探索し、10個の候補遺伝子を発見しました。これらの候補遺伝子のうち、特にEGLN1とPPARAという遺伝子が血中のヘモグロビン量に関連していることがわかり、この遺伝子がチベット人の高地適応に大切な役割を担っている可能性が指摘されました。
続いて研究グループは、特にEGLN1という遺伝子に焦点をあて詳細な解析を行いました。2010年のScience誌の続報となる2014年のNature誌では、血中ヘモグロビン量に関連しているEGLN1遺伝子について、チベット人の80%以上が高地でヘモグロビンの生成を抑えるタイプ(高地で血液がドロドロになりにくいタイプ)のEGLN1遺伝子をもっていることを明らかにしたのです。
一方、チベット人以外でこのタイプの遺伝子をもっている人はわずか0.8%であり、チベット人ではこのタイプの遺伝子を持つ人が100倍も多かったという事になります。
このように、チベット人は標高の高い場所で血中のヘモグロビンを過剰に作らない特別なEGLN1遺伝子を多くの人が受け継ぎ、高山病にならずに生活を送る事ができていたのです。
8000年前から引き継がれていた特別な遺伝子
それでは、この特別な遺伝子はいつ生まれたのでしょうか?
遺伝子情報を解析した結果、おそらく8000年ほど前に、この特別な遺伝子が誕生したのではないかと推測されました。チベット人の先祖は、5000年~7000年前にはチベット高原に住んでいたことがわかっていますので、その頃には高地に適応したチベット人たちが生活していたのでしょう。
この特別な遺伝子は、初めはたった一人のチベット人の祖先に生まれたものかもしれません。しかし、この遺伝子を持つ人の子孫たちは、他のチベット人よりも高地での生活に適応していたため、さらに多くの子孫を残していき、長い年月をかけ現在のようにほとんどのチベット人がこのタイプの遺伝子をもつようになったのだと考えられます。
人間の環境への適応についてはまだまだわからない事が多いですが、今後も遺伝子の研究が進むことにより、様々なことがわかってくるかもしれません。
参考文献
Lorenzo FR et al. A genetic mechanism for Tibetan high-altitude adaptation.
Nat Genet. 2014 Sep;46(9):951-6. doi: 10.1038/ng.3067.
Simonson TS et al. Genetic evidence for high-altitude adaptation in Tibet.
Science. 2010 Jul 2;329(5987):72-5. doi: 10.1126/science.1189406.