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ゲノム解析

ゲノムとは生物を作るのに必要な遺伝情報をすべて含めたもの。このゲノムを解析し、研究することで新しい医療技術の開発などが可能になります。東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターの宮野悟センター長に遺伝子検査の進化と未来について聞きました。
磨かれた技術「SNP解析」を社会に生かす
遺伝子を対象とした検査が身近になりつつある。その中の一つがSNP(スニップ)解析である。1塩基という遺伝情報の差の積み重ねから病気のなりやすさや体質を推定する。東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターの宮野悟センター長は「SNP解析は磨かれた技術。遺伝子検査はさらに進歩し、がんを含めた多分野に応用可能となる」とこれからをも語る。
宮野悟センター長の右を向いている写真の画像

SNP解析「磨かれた技術」

「遺伝子検査の領域におけるSNP解析の技術。その原点には日本の研究機関の貢献があります」と宮野氏は振り返る。

2002年、世界で初めて遺伝情報を網羅的に調べて、SNPと病気との関係を調べるゲノムワイド関連解析(GWAS)の研究を発表したのは日本の研究機関である理化学研究所遺伝子多型研究センターの研究グループだった。この研究グループを率いたのが、当時、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長であった中村祐輔氏(現、シカゴ大学教授)だった。

心筋梗塞と関係のあるSNPを発見し、遺伝学の国際的な有力誌であるNature Genetics誌に報告した成果だ。

以来、世界的に、GWASの手法を使ったSNPと病気や体質との関係を解明する研究が盛んになった。「Nature Genetics誌に報告される研究報告の半数がGWASの方法を使った研究になった時期もあった」と宮野氏が言うほど、日本発の研究手法が世界的なインパクトを与えた。

宮野氏は、「2014年、最初に中村氏らが研究成果を報告してから12年が経過した。世界中でこのSNP解析の技術は磨き上げられ広まった」と説明する。

遺伝子を対象とした検査には2つの精度がある。一つ目は、ゲノムがどのような塩基から成り立っているかの情報を読む精度。もう一つは読んだゲノムから病気のなりやすさや体質を推定する精度である。SNP解析について精度が高いといえるのは前者で、後者についてはさらに研究の積み重ねが必要である。食生活など一人ひとり異なった環境要因のもとで、複数の遺伝子の少しずつの差が積み重なって起こるような病気について、SNP解析の情報から断定的なことをいうことには無理がある。統計的な考え方が必要なわけだ。


宮野悟センター長の左を向いている写真の画像

誰もが自分のゲノム情報を利用できる時代が始まった

「一人のゲノムを読むだけで過去には1兆円がかかると見られたこともあった」と振り返る。

ヒトゲノム計画──。1990年に、米国エネルギー省と米国国立衛生研究所がヒトのゲノムを読むプロジェクトを始動したのは今から20年以上前にさかのぼる。そして世界の主要な国が参加して、ヒトゲノムを分担して解読する国際ヒトゲノム計画が始まった。

宮野氏は1兆円という金額を実感を伴って理解していた。というのは、ヒトゲノムは約30億塩基から成り立っている。この頃、「遺伝情報を担うDNAの1塩基を読むために1ドルが掛かる」と考えられていたからだ。30億塩基を読むためには30億ドルとなる。当時1ドルは約150円だったが、わずか5年さかのぼった1985年のプラザ合意の時点で1ドルはまだ約250円。さらにさかのぼれば1ドル360円であり、宮野氏にとっては30億ドルは1兆円と考えても違和感はなかった。ヒトゲノム全てを読むのはまさしく夢の段階だったが、2003年にヒトのゲノム解読の完了が宣言された。

宮野氏は、「2003年にヒトのゲノムの解読を完了したといっても、まだ人間の遺伝子の全容解明のゴールから見れば入り口に過ぎなかった。30億文字からなるゲノムの情報は誰にも共通なわけではない。次の課題はゲノムの個人差を解明することだった」と振り返る。これがまさにSNPの研究につながっていくわけだ。

2004年から、米国国立衛生研究所は「1000ドルゲノムプロジェクト」に研究費を出し始めた。個人ごとに異なるゲノムを一人当たり1000ドルで読むというものである。10万円の単位であり、かつて1兆円がかかるといわれていた水準からすれば100万分の1となる。2014年の現在、30億塩基からなるヒト全ゲノムを読む費用は1000ドルになっている。これまでの研究により病気や体質に関係することがある程度分かっているゲノムの特定の場所の塩基を調べるSNPの解読では、今や商業ベースで数万円の費用になっている。

これからは個々人の全ゲノム情報をどのように人々の幸福につなげていくかが課題である。


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「まずはがんへの応用を考えたい」

宮野氏は、「次はゲノム情報を調べて、がんの医療に応用する道を作っていきたい」と話す。

がんは、正常な生命活動をつかさどるためのシステムが変異によって異常を起こした病気である。親からもらった遺伝要因(ゲノム)に加えて、歳を重ねるうちに腫瘍細胞に蓄積した遺伝子変異(がんゲノム)、環境要因などによるゲノム修飾(エピゲノム)の変異が影響して、正常な細胞の営みをつかさどっているシステムに異常を起こす。

がんは、外部からの増殖停止命令を無視し、自分自身で増殖命令を出し、細胞を変化させて浸潤・転移により体の健康な場所へ飛んでいく。がんは、無限に細胞分裂を繰り返す不死の細胞となる。その生存と増殖のため血管を引き込み、がん細胞をばらまく。本来であれば、細胞は壊れると自滅するシステムが機能するはずが、がんではこの自滅のシステムが機能しないシステム異常の病気となる。

さらに、基本のシステムが少しずつ違っている。私たちのゲノムにはSNPなどの個人差があるからだ。個人ごとに異なった環境要因にさらされてもいる。

がんの場合、数十~数百カ所のゲノム異常が見つかってくる。そのゲノム異常を調べる手法となるのが、ゲノム情報を読み取る「シークエンス」の技術だ。今その解析の精度や速度、解析できる量も大幅に改善が進んでいる。最近では、血液中にがん細胞から染み出したがんのDNA断片や血液中に流れているがん細胞をとらえてそのDNAを調べることに注目が集まっている。

宮野氏が狙うのは、例えば、個別にがんになった人の正常な細胞の全ゲノム情報とがん細胞の全ゲノム情報を解析することにより、その人にぴったりあった副作用のない抗がん剤の選択や治療法へつなげることだ。


「私」のためだけではなく「私たち」のためにも

宮野氏は、「遺伝子検査を受ける人はまずは自分のゲノム情報を知ることになるが、このゲノム情報は自分だけのものではない」と言う。同時に親族、親類とほとんど共通であることにも思いは及ぶ。私たちのゲノム情報は少しずつ違ってはいるが共通のものを持っている人たちも多い。

「誰もが『私』のゲノム情報を知り、利用できる時代が始まったが、このゲノム情報を知ることや利用することはいろいろな面からの深い思慮と社会の英知が必要だ」と語る。

(写真:村田和聡)

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