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【医師によるコラム】有酸素運動で脳機能は復活するのか?

公開日:2016年6月29日
更新日:2019年10月31日

 日本では高齢者人口の増加により認知症の人の数が増加すると予想されています。今回のお話は、認知症の予防に運動が関係するかという内容です。


どのような運動をすれば認知症を予防できるのでしょうか。(写真:Shutterstock.com)

 特別企画、北品川藤クリニックの石原藤樹先生によるスペシャルコラムをお届けします!今回は「脳機能に対する有酸素運動の効果」についてのお話です。

認知症にはなりなくない!予防方法は?

 認知症にだけはなりたくないと、そう思われている方は多いと思います。ただ、今の時点でこれをしていれば確実と言えるような認知症の予防法はありません。高血圧コントロールや禁煙など、間接的でどの程度効果があるのか、実感のできないものがほとんどです。

 今日は認知症の予防に有酸素運動が有効で、記憶に関わる脳の部分が大きくなっていたという、びっくりするような論文をご紹介したいと思います。
 
 それは2011年のPNASという医学専門誌に掲載された認知症の予防としての運動の効果についての論文です。非常に驚くべき結果なのですが、その後あまり追試らしきものはないようなので、それが間違いのない事実であるかどうかはまだ不明です。

認知症の予防に運動がよいと言われているが・・・

 適度な運動をすることが、認知症の予防になることは、何となく直観的にはそうかな、と思うところですし、医療機関などでも、そうした指導が行われています。

 しかし、その根拠となったデータを調べてみると、アンケートで運動の回数を記載してもらって比較したら、そうした傾向があった、という程度のものがほとんどで、具体的にどのような運動をどのくらいすれば、どの程度の予防効果があるのか、というような具体的な点については、あまり情報を与えてくれるようなものではありません。

認知症に効果のあった運動とは?

 今日ご紹介する文献は、その意味で貴重なもので、1年間指定された運動を継続して行ない、その前後と中間で脳のMRIと認知症の検査を行なって、どのような運動にどのような効果があるかをかなり厳密に検証したものです。

 対象は55歳から80歳の認知症のない大人120名で、くじ引きで60名ずつに分け、最初に認知機能や記憶機能の検査、及び脳のMRI検査で海馬の容積を評価しました。その後、一方は有酸素運動であるウォーキングを、最初は10分から徐々に長くして、トレーナーの指示のもと心拍数などを指標にして運動処方を継続し、もう一方はストレッチと筋力トレーニングのみを行ないます。

 海馬というのは記憶などをつかさどる脳の部分で、認知症の多くでは、最初に萎縮が起こります。

 調査後半年と1年後の時点で、MRI、認知機能、記憶機能の検査を行なうと、有酸素運動を継続した群では、海馬の前方部の容積が約2%増加していたのに対して、ストレッチのみの群では、海馬の容積はむしろ軽度減少していました(※)。

 そして、認知機能にははっきりとした差はありませんでしたが、モニターに出る点の位置を記憶して再生する試験では、一部の対象者でその改善が認められました。

有酸素運動で海馬の容積が増加する?

 これまでの研究で、海馬の細胞にはBDNFと呼ばれる神経を再生する物質が多く存在していることが分かっています。今回の研究では、BDNFが運動療法の前後ではっきりとは増えていなかったのですが、海馬が大きくなっている人はBDNFも多い、という関係は認められました。

 つまり、有酸素運動により組織の酸素濃度が増加し、BDNFが増加することにより、海馬の神経細胞が増加し、それにより記憶の機能も改善する可能性が、高齢者においても期待できる、という結論になります。

ただし…

 MRI上の海馬容積の増加については、比較的クリアなデータが得られているのですが、それ以外はやや強引に関連が付けられている、という印象が否めません。また、最初にも書きましたように、あまりこの結果は別個の研究においては、再現はされていません。

 それでも、無理のない有酸素運動が、海馬を再生させるかどうかはともかくとしても、色々な意味で脳を活性化させる行為であることは間違いがなく、そうした習慣自体は文句なく推奨されるものではあると思います。

 認知症を予防したいとお考えの方は、有酸素運動の習慣を付けることが、今のところ一番の方法であるようです。


執筆者
医師 石原藤樹先生
プロフィール:1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。著書に「誰も教えてくれなかったくすりの始め方・やめ方-ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ-」(総合医学社)などがある

参考文献
Erickson KI, Exercise training increases size of hippocampus and improves memory., Proc Natl Acad Sci U S A.


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