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【医師によるコラム】意外に身近な亜鉛と味覚障害の話

公開日:2016年6月7日
更新日:2020年5月7日

 医師によるスペシャルコラムです。牡蠣、肉類、ナッツなどに含まれる亜鉛はすこやかな人間の成長には絶対に必要な金属元素です。亜鉛と味覚障害の関係とは。


亜鉛と味覚障害の関係についてご存知ですか?(写真:Shutterstock.com)

 特別企画、北品川藤クリニックの石原藤樹先生によるスペシャルコラムをお届けします!今回は「亜鉛と味覚障害の関係」について書いていただきました。

人間の成長に必要な亜鉛とは

 こんにちは。北品川藤クリニックの石原です。今日は亜鉛と味覚障害の話です。

 亜鉛(zinc)は身体の中にある微量な金属の代表の1つです。亜鉛は肉類や甲殻類、豆、貝、ナッツなどに含まれ、人間はそれを摂取することによって亜鉛を身体の中に取り入れます。

 亜鉛は身体の中で多くの酵素の中の重要な構造物になります。細胞膜や遺伝子を作ったり、安定化させたりする時にも、亜鉛は重要な働きをします。亜鉛は一種のスパイスのようなもので、これがなければ料理はただの素材に過ぎず、皆さんの舌を楽しませることは出来ません。

 亜鉛が高度に欠乏した状態では人間は成長することが出来ず、その腸は栄養を吸収することが出来ず免疫の働きは低下します。亜鉛が足りないと精子が減る、という話を、お聞きになった方もあるかと思います。亜鉛の欠乏は生殖機能も低下させます。

 つまり、すこやかな人間の成長には、絶対に亜鉛が必要なのです。

軽度の亜鉛欠乏で味覚異常に?

 勿論それほどの亜鉛の欠乏は、通常の生活では起こりません。しかし、軽度の亜鉛の欠乏は、実は意外に多いのではないか、と考えられているのです。

 その軽度の亜鉛の欠乏状態で皆さんが最初に気付く症状が味覚異常だと言われています。亜鉛が欠乏すると食べ物の味が分からなくなります。この症状は単独で起こることもありますし、舌の痛みや喉の乾きと一緒に起こることもあります。単独にたとえば「甘み」だけが分からなくなることもあり、また全ての味がぼんやりとしか感じられなくなることもあります。

味覚障害の7割の方は亜鉛の補充療法で改善する

 何故亜鉛で味覚障害が起こるのでしょうか?

 この点については不明の部分も残っていますが、亜鉛の欠乏があると味を感じる部分である「味蕾」が萎縮し、その正常な働きが失われることは分かっています。

 近年日本では味が分かり難くなる味覚障害の患者さんが増加しています。ある統計では平成3年に14万人の患者数が平成16年には24万人になっていました。

 味覚障害の原因は勿論亜鉛の欠乏だけではありませんが、患者さんの7割は亜鉛の補充療法で改善する、と言われていますから、実際には原因が不明なケースでも一度は亜鉛の補充を試してみる価値はあるのです。

加工食品や高血圧の薬は亜鉛欠乏に関係する?

 それでは、何故味覚障害の患者さんは増えているのでしょうか?

 1つには食品添加物の影響が考えられています。加工食品に含まれるフィチン酸、ポリリン酸などは、亜鉛を身体の外に出すような働きがあります。

 また、薬の中にも同じように亜鉛を身体の外に出す作用のあるものが意外に多いのです。高血圧の薬であるカプトリルやアダラート、パーキンソンの薬であるレポドパやハルシオンのような睡眠導入剤や、セルシンのような安定剤、ペニシリンのような抗生物質、と、並べてゆけば、殆どの薬が当てはまってしまいます。

 つまり、薬を長期服用している方は亜鉛の欠乏が生じる可能性があり、仮に味が分かり難くなれば、亜鉛の欠乏をまず疑う必要があるのです。

亜鉛欠乏による味覚異常は早期治療が重要

 それでは、亜鉛の足りないことの判定はどのように行なうのでしょうか?

 通常血液の亜鉛の濃度を測ります。これは健康保険も適応になっている一般的な検査の1つで、私のクリニックでも行なっています。

 正常値は通常70~120μg/dlとされていますが、通常80未満であれば亜鉛の欠乏の可能性は否定は出来ないと考えます。亜鉛の血液の濃度には1日のうちで変化があり、午後は20くらい低下するので、午前中の採血で評価することが原則です。

 味覚障害があって亜鉛の欠乏が疑われた場合には、薬やサプリメントで亜鉛の補充を行います。通常1日50mgの亜鉛の補充が必要だとされています。

 ポイントは亜鉛の欠乏が3ヶ月以上になると、それから亜鉛の補充をしても味覚の異常は戻らないことが多い、ということです。つまり、治療は味覚異常の早期に開始しなければいけません。適切な補充が行なわれれば、2~3ヶ月で味覚は正常に戻ります。

 今日は亜鉛の欠乏と味覚障害の話でした。実際には意外に多い症状なので、最近どうも食べ物の味が分からない、というような症状のある方は、是非早めに医療機関にご相談下さい。


執筆者
医師 石原藤樹先生
プロフィール:1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科、大学院卒業。医学博士。研究領域はインスリン分泌、カルシウム代謝。臨床は糖尿病、内分泌、循環器を主に研修。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、心療内科、小児科を研修の後、1998年より六号通り診療所所長として、地域医療全般に従事。2015年8月六号通り診療所を退職し、北品川藤クリニックを開設、院長に就任。著書に「誰も教えてくれなかったくすりの始め方・やめ方-ガイドラインと文献と臨床知に学ぶ-」(総合医学社)などがある。